まりも日和

先天性腎臓形成不全による重度の腎不全のため、2歳と18日で虹の橋へ旅立った愛犬「まりも」について綴った「まりも物語」(腎不全と闘った642日間の記録)と、2020年8月に我が家にやってきたおてんば娘「ぴりか」の成長記録「ぴりか日記」、ハンドメイドについて書いた「Atelier Marimo」、その他夫婦二人生活の日々の出来事や思うことを綴ったブログです。

まりもの5回目の月命日

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毎日夫に抱っこをせがんでいたマリモ

5回目の月命日

こんにちは。

今日はマリモの5回目の月命日です。マリモが虹の橋に旅立ってから早いもので5ヵ月が過ぎましたが、亡くなる前夜に必死で背中を擦り続けたこと、マリモが縋りついてきたこと、酸素ボックスを借りに行くために病院を出ようとしたときに、必死に上体を起こして「行かないで!」と前脚を伸ばしてきたこと、最後に痙攣しながら息絶えてしまった時の事、全て鮮明に覚えています。

あらから我が家にも変化がありました。緊急事態宣言が解除されて私は通常勤務に戻り、その後ピリカが我が家にやってきました。幸いピリカは物凄くお転婆な暴れん坊であること以外、夫に目いっぱい可愛がられながら何の問題もなくすくすく育っています。最近ではお散歩デビューも終わりました。

ピリカは今、マリモが我が家にやってきた時の月齢を少し過ぎて、外見はますますマリモにそっくりです。でもやはりその子によって性格は違うもので、警戒心が強かったマリモは、知らない人には近づいていくことはありませんでしたが、ピリカは好奇心旺盛で人懐っこく、初対面の人でも喜んで近づいていきます。

マリモの食事には最初から最後まで苦労しましたが、ピリカは何でも良く食べてくれます。そして美味しそうにご飯を食べるピリカを見ていると、生まれたときから腎不全のせいで食欲が無く、短かった生涯で殆ど食事を楽しむことのなかったであろうマリモを思い、また涙がこみ上げてきます。

マリモが喜んで食べていたのはサツマイモ、カボチャ、リンゴ、バナナ、チーズ、ヨーグルトでした。中でもお芋は本当に大好きだったので、マリモが居た1年9ヶ月間、マリモが殆ど何も食べなくなってからも、私は毎週2回お芋をふかして我が家の冷蔵庫にはいつでもお芋を常備していました。

今もマリモの仏壇には日替わりでサツマイモ、カボチャ、リンゴが並んでいます。今は全ての苦しさから解放されて大好きなお芋をお腹いっぱい食べているといいのですが・・・

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元気いっぱいで日々夫を振り回しているピリカ

 夫はマリモが居なくなってからも淡々と暮らし、ピリカが来てからはピリカのお世話に追われてすっかりイクメンになりました。私から見るとちょっと割り切りすぎと言いますか、切り替え早すぎ!って思っていましたが、先日衣替えをしてビックリ!昨年はウエストがきつめだったパンツがすっと入っています。

体重を測ってみると夫はマリモが亡くなってから3kg以上も体重を減らしていました。私もマリモの葬儀の後は思いっきり寝込んであまり食事が喉を通らず、5kg近く体重を落としましたが、夫も普段通りに見えてもやはり私と同じように食事が喉を通らなかったのかもしれません。私は悲しくて泣き暮らしていたのであまり気付いてませんでした。

夫は今、もうすぐ生後4か月を迎えるピリカの躾に奮闘しています。マリモもおてんば娘でしたがピリカはマリモを遥にしのぐお転婆で気の強い頑固者。おてんばな反面、甘ったれで夫が家にいるときはいつも抱っこをせがんでいたマリモと違って、ピリカは力尽きて寝落ちするまで元気いっぱいに走り回るため、夫は毎日振り回されっぱなしで・・・

在宅勤務とはいえ仕事もあるので、私が帰る頃には疲れ果てています。

マリモが家に来るまでは殆ど家事は手伝わず、休みの日は昼まで寝ていた人が、散歩の為に週末も早起きし、マリモの闘病中はせっせとマリモが食べられるものを探してドラッグストアやスーパーを梯子して、今はピリカの食事の支度、トイレの世話に精を出しているのですから、ずいぶんと変わったものです。

たとえピリカが居てくれても、マリモが僅か2歳で虹の橋に旅立っしまった悲しみは簡単に癒えるものではありません。でも、一緒に暮らした2年間でマリモは私達の人生を激変させ、以前よりはるかに豊かにしてくれました。まだまだマリモのことを考えるとき、話すとき、涙をこらえきれない私ですが、マリモとも思い出を大切にしつつ、ピリカを可愛がって生きたいと思います。

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