まりも日和

先天性腎臓形成不全による重度の腎不全のため、2歳と18日で虹の橋へ旅立った愛犬「まりも」について綴った「まりも物語」(腎不全と闘った642日間の記録)と、2020年8月に我が家にやってきたおてんば娘「ぴりか」の成長記録「ぴりか日記」、ハンドメイドについて書いた「Atelier Marimo」、その他夫婦二人生活の日々の出来事や思うことを綴ったブログです。

遠距離介護Diary:札幌訪問1日目

義実家近くにある旧永山邸

札幌訪問1日目

こんにちは

昨日、札幌の義父宅訪問を終えて帰ってきました。新千歳空港を20:05発の飛行機で帰る予定でしたが飛行機の出発が遅れ、羽田に着いたのは22時過ぎ、家に着いたのは23時過ぎ。

ピリカは今朝の8時にトレーナーさんに送られて帰ってきました。

札幌に出発

前日の夕方からピリカをトレーナーさんに預け、当日は朝5時に家を出発。羽田を7:30発の飛行機に乗って9:00に新千歳空港、10時少し前に義実家のマンションに着きました。早速、入口のインターフォンを押して「お義父さん、Marimoです!」と呼びかけると、義父は「え、Marimoちゃん?」と驚いた様子。私の訪問は事前に夫から義父に説明してあったはずなのに、全く想定外の訪問のような反応でした。

それでも鍵を開けてもらい中に入ると、「Marimoちゃん、どうした?あいつ(夫のこと)具合でも悪いのか?」と怪訝な表情をしています。私が今日は義実家のお掃除や包括支援センターの職員さんのお話を聞くためにやってきたこと、その件については夫から義父に説明していることを話しましたが、全くピンと来ていない様子。そして最後に会った昨年11月より明らかに認知機能が落ちてきているのが見てとれました。

その後、リビングでお茶を飲みながら会話をしても、あまり話かかみ合いません。それに元々饒舌ではない義父ですが、わざと自分からは話さないように、自分の衰えを悟られないように懸命に取り繕っているようにも見えます。いつも静かな義父。本来は頭脳明晰な人ですから自分の衰えを人に知られたくはないのでしょう。

あまり気まずい雰囲気にならないよう、私は適当に会話を切り上げて水回りを中心に掃除を始めました。

包括センター職員さんの訪問

午後になり、包括支援センターの職員さんがやってきました。義父は私の訪問予定も覚えていなかったようなので、昼食時にもう一度、今日は包括支援センターの職員さんが来ると説明しました。

その後、約束の13:30分に職員さんが到着しましたが、部屋にあがってもらってビックリ!義父の様相が突然変わり、急にシャキッと背筋が伸びたのが分かりました。顔つきも引き締まっています。そして丁寧に挨拶し、職員さんにソファーに座るよう促しました。私がお茶を入れる間、職員さんと話している姿もシャキッとしています。コロナで外出の機会が殆どなくなり、急に衰えてきた義父ですが、やはり人と会う時には緊張感が戻ってくるのでしょう。そして職員さんの話を遮ったり苛立つことはありませんが、明らかな拒絶感を表し、介護保険の申請を丁寧に拒否しました。

本人の意思と一人暮らしの限界

ですが、職員さんとの話の途中にも「今日は息子が来るはずなんですが、ちょっと遅くなっているみたいです。」と言いだしたり、やはり衰えは隠せません。私が「今日は○○さん(夫)は来ません。だから私が代わりに来たんですよ。」と言うと「ああ、そうだった、そうだった。」と誤魔化して取り繕おうとしますが、何度も同じ話を繰り返してしまうのです。義父は自分の衰えをはっきりと認識しているのでしょう。とにかくこの場を切り抜けようとしているのが分かりました。

結局、職員さんは懸命に説得してくれたものの、介護保険の申請には至りませんでした。職員さんが帰った後、義父は「心配してくれるのはありがたいが、自分はまだ一人でも大丈夫だから。」と私に繰り返しました。そして「朝早くから飛行機乗って、掃除して疲れているだろう。少し外でお茶でも飲んで休んでおいで。」と千円札を差し出しました。お茶なんて家で飲めばいいのですが、職員さんの前で気を張っていた義父は疲れたのでしょう。一人でゆっくり休めるよう、私は夕食の買い物がてら外出しました。

ナガヤマレスト

義父宅から徒歩数分の所には、重要文化財の旧永山邸があり、一部は「ナガヤマレスト」というカフェになっています。あまり遠くまで行きたくなかった私は、ナガヤマレストでお茶を飲むことにしました。

左:重要文化財の旧永山邸は内部を見学もできます。右:ナガヤマレストの座席

ここはパスタなどの食事メニューもありますが、私がいつも食べるのはフルーツサンド。ここのフルーツサンドのクリームには白餡とわらび餅が入っており、その甘さがフルーツの酸味とマッチしてここでしか味わえない不思議な美味しさを醸し出しています。

左:フルーツサンドと緑茶。右:テラス席はワンちゃんもOK。

このカフェは、テラス席であればワンちゃんもOKです。いつかピリカを連れてきたらテラスでお茶を飲みたいなと思いながら、今日は一人なので室内のカウンター席に腰掛けて、冷たい緑茶とフルーツサンドを頼みました。

予想はしていましたが、やはり義父は職員さんの説得にも私のお願いにも決して首を縦に振ることはありませんでした。予想通りだったとはいえ、東京から来たのに成果が無かったのはやはり残念で、どっと疲れを感じました。

ナガヤマレストの外は公園になっており、ピリカのお散歩にも最適です。

90歳の今日まで一度も弱音を吐かず一人でしっかり暮らしてきた義父。自分が介護保険の認定を受けるなど到底受け入れられないのでしょう。しかし私の目から見ても夫の目から見ても、もう義父が誰の手も借りずに一人暮らしを続けるのは限界に来ています。雪深い札幌の冬が来る前に、何としても介護認定を受けてもらわなくてはなりません。

フルーツサンドを堪能してしばらく休んだ後、夕食の買い物をして義実家に帰ると、リビングにいた義父は「Marimoちゃん、申し訳ないけれどもう今日は一人で休みたいんだ。ホテルに行ってくれないか?」と言いました。

今回の訪問に限らず、最近の帰省の時には私達は義実家には泊まらずにホテルに宿泊しています。義実家は札幌の中心地に近い場所にあり、近くにホテルがたくさんあること、布団の準備やら色々な手間を考えると夜はホテルに泊まった方がお互いに楽だということで、義父からの提案で決めました。

私が一人で義実家にやってきたことの意味

義父は確かに疲れた顔をしていました。なので私は買ってきた食材を冷蔵庫にしまい、毎日必ず晩酌する義父のつまみを3品ほど用意して冷蔵庫に入れるとホテルに向かいました。以前は一人息子の帰省時には一緒に食事をするのを楽しみにしていた義父。私達が来るとなるとホテルでオードブルを注文したり、市場でカニを買ってきたりして、無口ながらも精一杯もてなしてくれました。

しかし今は会話をするだけでも疲れてしまうのでしょう。今の義父にとって私との会話は楽しいものではなく、自身の老いを悟られないよう、必死に切り抜けるものに変わってしまったのです。

元々が冷静沈着で頭脳明晰な人。義父は夫が仕事で来られないというのに私だけでもやってきたことの意味をよく解っています。だから今日のように包括センターの職員さんとの会話で疲れ果てた後では、到底私との会話はできないと思ったに違いありません。

そしてホテルに向かおうと家を出る私に、義父は「ありがとう。これで何か美味しい物を食べて今日は休みなさい。」とお金を渡しました。

夕食はスープカレー
一人の夕食

義父宅を出てホテルにチェックインすると、30分ほど休憩して私は夕食に出かけました。夫と一緒だと絶対に海鮮系の美味しい居酒屋に行くことになるのですが、今日は私一人。私も早朝から動いて疲れていたので、札幌駅のレストラン街にあるスープカレー屋さんで、さっさと夕食を済ませてホテルで休むことにしました。

翌日は午後から包括センターで職員さんと今後の対応を話し合うことになっています。義父が義父らしくあるために、義父の望む生活を少しでも長く続けられるように、私はどうするべきなのか、何が出来るのか、色々と考えながらホテルに帰り、一日目は終わりました。

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村