32、投薬中止 ~犬の腎不全末期・投薬の中止を決めた日~
生涯最後の散歩を終えた日の夜、マリモはヨーグルトと混ぜたクレメジンさえ飲まなくなっていた。あれほど大好きだったヨーグルトさえ、もう受け付けなくなってしまったのだ。本来であれば無理に口の中に物を入れるこはしたくはないけれど、毒素の吸着剤は何としても飲ませたい。
可哀想だけれど抱っこして口を開かせ、クレメジンを私の指先につけて少しずつ飲ませた。しかしマリモは途中で嫌がって口を閉じてしまう。口臭も以前にも増して腐敗臭のような異様な臭いが強くなっていた。
最近では口の中を触られることを嫌がるため、歯磨きもまともにできていない。一度しっかり口腔の様子を確認しようと口を開けさせると、マリモの歯茎は炎症で部分的に腫れて白くなりブヨブヨになっている。
下の犬歯の辺りでは歯茎が腫れて少し出血していた。いくら必要な薬とはいえ、もうこの状態では何を口に入れても痛くて仕方ないだろう。数日前から錠剤の漢方薬の投与も嫌がるので止めていたが、この日、私は腎不全発覚から1日も欠かすことなく与え続けたクレメジンの投与をやめる決断をした。
口の中があの様子では、もう水を飲むのが精いっぱいだろう。液体の療法食を試したところで苦痛を与えるだけに違いない。こまめに点滴を受けているから脱水を起こすことは無いだろうけれど、とにかくお水だけは新鮮なお水がいつでも飲めるように気を付けるしかない。
私達のベッドに寝たがるマリモ
散歩に出なくなったマリモは、いつもの自分のベッドではなく、私達のベッドに上がりたがるようになった。リビングに連れてきても直ぐに寝室のベッドの縁まで歩き、必死に前脚をベッドに掛けて上げてくれと訴える。
私はベッドの上にマリモ用のバスタオルを敷いて、念のためオムツをさせてベッドに上げた。マリモはぐったりと横になっていても、お水を飲みたい時やトイレに行きたいときはベッドの上に立ち上がり、ちゃんと私を呼んでベッドから降ろすよう合図をし、ベッドの上で漏らしてしまうようなことは最後まで無かった。
この日以来、マリモは昼間自分のベッドで寝ることは無く、毎日寝室のベッドで私や夫の脱いだパジャマをクチャクチャにしながら横になって一日を過ごした。
私はマリモに呼ばれたとき以外にも30分に1回ぐらいは様子を見に行くようにしていた。マリモは私が寝室をのぞき込むと気配を感じるのか顔をあげて私の方を見た。私は時間がるときには本を読んだりしながらマリモの横に座り、時々体を撫でていた。
マリモはヨークシャーテリアにしては体も大きく、赤ちゃんの頃からしっかりとした体格だった。腎不全の発覚前に医師から痩せすぎを指摘されているときでさえ、私には痩せすぎとは思えないほど体格はしっかりしていた。
それが今は背中を撫でると背骨がゴツゴツと手のひらにあたる。全身を長めの被毛に覆われているので気づきにくいが、マリモは急激にやせ衰えていた。
口元を見ると、涎が多くなっているのだろうか、口の下の方の毛が濡れている。一日に数回口の周りをウエットティッシュで拭いて、ベッドの上に敷くブランケットやバスタオルはこまめに取り換えるようにした。
マリモは私達のベッドに横たわり、私が寝室に入ると何かを訴えるように私を見つめていた。苦しいのだろうか。マリモはいつも、遊んでほしい時やおやつがほしい時には夫の元に行くけれど、体調が悪い時やトイレシートを変えてほしい時など、ケアが必要な時には私の元に来る。きっと苦しくて「ママ、助けて」と訴えているのだろう。
傍にいて体を撫でる以外に何もしてやれない無力さに涙が出る。医師からあれほど飼い主が狼狽えると犬も不安になるから普段通りに接するよう注意されていたのに、私は本当に泣いてばかりの飼い主だった。
※まりもの名前は本来ひらがな表記ですが、文中では読みやすいようにカタカナにしてあります。